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2016年09月01日

*深き心の闇を見よ (名古屋市緑区鳴海町「戸笠の風」様からの依頼曲)

今年の夏もどまつりお疲れ様でした。
前年に引き続き名古屋市緑区の鳴子おどりチーム「戸笠の風」さま(https://twitter.com/togasa_no_kaze)に楽曲を提供させていただきました。
今回も許可が頂けましたので公開させていただきたいと思います。

*深き心の闇を見よ(2016年どまつりバージョン)
詞/曲COOL_METABOLIC https://twitter.com/COOL_METABOLIC
歌/遼。 https://twitter.com/vagrant_life
MIX/ネパール大山 https://twitter.com/nepaltanX
※但し詞、曲はそれぞれ松尾芭蕉の句「星崎の闇を見よとや啼く千鳥」と鳴海音頭より

われこそは偏狭マイノリティ、波間の木っ端
仲間はいるけれど行く先は定まらず

生まれ持ったいびつなハート隠すほど利口さも無く
不器用に生きてみたけどゴールは見えナイ↑まま

旅の途中ふくらんだ苦悩、ふくらんだエゴ
ギリギリと削ぎ落とす、こゝ孤独のナイフ

貫くべきはワガママか、折るべきは生き様か
迷って歩いてみたけどゴールは見えナイ↑まま(*

鳥の音は曇天の夜の沖に吸い込まれつつ
ただゝ深い闇、視線は中空(ちゅうくう)をさまよう

月も星も見えない夜、一点の光明求めて
ここまで歩いてきたけどゴールは見えナイ↑まま

千句塚公園「千鳥塚」 星崎の闇を見よと啼く千鳥
そこにいたのは不安なボクだった

鳥の音は僕を励ましているの?憐れんでるの?
海から冬の風、冷たく心の傷、凍(し)みる

雲さえ無くば星が見える、一条の救いを探した
でもボクが奮い立たなきゃゴールは見えナイ↑まま

千句塚公園「千鳥塚」 星崎の闇を見よと啼く千鳥
泣いていたのは不安な日々だった

千句塚公園「千鳥塚」 星崎の闇を見よと啼く千鳥
光りたいんだ不安を振り切って

何ゝだろう人生は? 難ゝ解なその問いに 
何ゝ世紀も前の夜(よ)に 難ゝ答えた旅の苫

何ゝだろうこの気持ち 南ゝ西、本星崎
ナンゝ名古屋と言う町の ナンゝ鳴海に夜明け

星の無い夜 啼いている 闇を見よと 啼いている
星の無い夜 啼いている さぁ輝けと 啼いている 

*冒頭の4連はどまつり用の曲では省略されています

5分10秒のフルバージョン(ミックスは僕がやったよ!)


*動画リンク

本祭1日目ご当地ぐるめぱーく会場 https://www.youtube.com/watch?v=18p8Xhos918
メインステージ(ニコニコ生放送タイムシフト1時間55分あたりから) http://live.nicovideo.jp/watch/lv267376150


 今回のテーマになった名古屋市緑区の千句塚公園にある句は松尾芭蕉によって有名な『奥の細道』ではなく、それ以前の旅で詠まれた句でした。
 松尾芭蕉の俳句がテーマと言うことで、私の住む岐阜県大垣市も松尾芭蕉ゆかりの地でありまして、その鳴海町と大垣市の比較から歌詞を立ち上げていった感じになります。日本の文学史上最高の権威で、且つ、ビッグマンである松尾芭蕉ですが、其の生涯は権威に胡坐をかいていたわけではありません。己の欲求や美学に対して率直に、貪欲に向き合った結果、当時のサブカルチャーであった「俳諧」を掲げて世の中の逆風に向かって生きた人間だと、私はそう考えています。彼こそは生粋のパイオニアであったのではないかと。そうした視点から「奥の細道以前」に鳴海に立ち寄った松尾芭蕉と、「奥の細道、結びの地」である大垣に立ち寄った松尾芭蕉とを比較すると、大垣においては「人生の集大成として『奥の細道』を達成した松尾芭蕉」と、「先駆者無き道なき道を歩まんとする、若さと不安さが入り混じった松尾芭蕉」と、異なるキャラクター付けができるのではないかと思い至りました。
 今回、ご依頼いただきましたチーム「戸笠の風」さまは、どまつり出場チーム中でも比較的平均年齢が高いチームです。鳴海を訪れた時代の松尾芭蕉と比較すると年上の方もおられ、人生を登山に喩え「これから登る山の頂上を見上げる人間」と「自分の登ってきた道のりや山麓の景色を楽しめる高さに十分達している人間」と分けた場合、松尾芭蕉は前者で戸笠の風のメンバーの幾人かは後者であるという視点は自然に生まれてきました。そうした経緯から曲は一貫して「若い青い松尾芭蕉」を特にチームの諸先輩方に感じていただけるように作ったつもりです。

 星崎の闇を見よとや啼く千鳥

の句は、シンプルで、果てしなく、淋しく、5・7・5の限られた枠の中に色鮮やかな季節感を詠み込む手法とは真逆の表現だと感じます。最初に句を見た瞬間、闇の中でとらえどころを失って目がピントを合わせられない独特の感覚があり、松尾芭蕉に五感を奪われたようにも感じました。この「五感を持っていかれる」感覚は、私が「この俳句は優れた俳句だな」と感じるバロメーターのようなモノの一つで、数百年経っても色褪せない『松尾芭蕉』の「それ」は奥の細道以前の作品とはいえ、やはり超一流だと言えるのではないでしょうか。しかし、当の松尾芭蕉はそうした自身の才覚に対し半信半疑で、真っ暗闇を見ながら海辺に立ち尽くし、定まらぬ人生の行方に思いを馳せていたのではないでしょうか。
 実は私たちは松尾芭蕉の人生の旅の結末を知っています。「そのままいけよ!お前が日本の文学を変えるんだよ!」と、「100年後のメインカルチャーがお前だよ!」と叫びたくなります。私たちは現代に、同じ時代に生きていますが、自分が何かに挑戦するとき、人生の先輩や、未来を知っている人間に、そうやってエールを貰えたとしたら、どんなに心強いでしょうか。チーム「戸笠の風」さんは男女比で言うと女性が主役のチームですので、今回、その「応援される役」は遼。さんにお願いしました。素晴らしい歌声をありがとうございました。
 最後に、ミックスダウンとマスタリングで精度の高い仕事をしていただいた翔スタジオのネパール大山さん、現場からのフィードバックを下さり、また急なボーカルの同伴にも対応してくださった株式会社NEXTSTAGEの新田さま、特にこの機会を下さった「戸笠の風」の皆さんに心から感謝しています。松尾芭蕉のチャレンジングスピリットに負けないように私なりに頑張って作らせていただきました。小難しいことは気にせずに楽しく聴いて頂ければ幸いです。
posted by スナ惡とか粂田とか at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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